14『喧嘩の行き着くところ』



 憎んでいては、喧嘩は出来ない。
 しかし喧嘩はやがて憎しみを生む。

 だが全力の喧嘩はお互いを認め合わせる。
 そして新たに信頼関係が結ばれる。



 リク達は魔導学校棟の学生ラウンジでティタを待っていた。今は学科講義中なのか、リク達以外に見かける人影と言えば、書類等を抱えて歩き回る事務員らしき大人だけだ。中央ホールより大分小さいとは言え、十分に広い学生ラウンジに四人きりでいると、意味もなく心細い気持ちになってくる。
 リク達は朝食の後、ティタの研究室に行ったのだが、彼女はまだ準備中らしく、彼女の代理で迎えた助手の一人がティタからの伝言として、学生ラウンジで待つようにということを伝えてきた。何故、待つように指示された場所がティタの職場である研究室ではないのかが気になるところだが、その理由としては考えられることは一つしかない。

「何か試験を用意するって言っていましたね」と、ジェシカがそれに応えて言った。「どんな試験なのでしょう?」
「さあ……、簡単なモンだといいんだけど、あの様子じゃ無理だろうな」

 ティタの、“大いなる魔法”を目指す者への不信感は相当なものだ。もっともな理由もある為に、その不信感はより強固なものになっている。それを打ち消し、納得させる程の試験となると、簡単なものになるわけがない。

「まあ大丈夫じゃないスか? ファトルエルで優勝出来た兄さんだし」と、コーダが、不安げな様子を見せるリクに、気楽そうな声で言った。

 それに対し、カーエスの言葉は意地が悪い。
「そーかぁ、案外今日のウチに見放されたりしてな〜。そーなったら……」
「私が貴様の首を締めてやる」と、ジェシカが、カーエスの言葉を遮り、首元にスピアを突き付けた。「今度は、死出の道を渡り切らせてやるぞ」

 ジェシカのその言葉が引っ掛かったのか、カーエスはいつものようには引き下がらなかった。
 軽くジェシカを睨み返し、いつもより低くした声で言う。

「やれるもんならやってみいや。タダで殺される程、俺もお人好しやないで」
「ほう……、普段からそんなに隙だらけの貴様が言う台詞ではないな」

 ジェシカも改めて睨んで言い返した。
 しばらく、お互い睨み合ったまま、沈黙する。

「ちょい付き合えや。あんましナメられ過ぎて昨日みたいに殺されかけたらたまらんわ」
「面白い、貴様の実力とやらを見極めてやる」

 急に険悪になった雰囲気だったが、リクとコーダが二人を見る眼は割と冷静だ。

「いいんスか? 止めなくて」
「丁度頃合いじゃないか? ここらで白黒付けといた方が二人の為になると思うぞ」

 カーエスとジェシカは会って一ヵ月にもなっていない。それにも関わらず、喧嘩ばかりしているのは単にソリが合わないからだろう。お互いの一挙手一投足が気に食わず、食って掛からずにはいられないのだ。
 最初の内は見ていて微笑ましいものなのだが、この状態が長期間続くと、見ていられない程険悪になり、仲直りさせようにも、意地が生まれてしまっているので関係の修整をしづらくなる。しかしそうなる前に単純に勝負をさせれば、そんなことにはならなくて済むはずだ。

「よし、まだティタとの待ち合わせまでの時間があるし、俺とコーダが立ち会おう」


   *****************************


 魔導士養成学校という名称は伊達ではない。この学校は、本当に魔導士を育てる為に存在している。
 入学するパターンは主に二つ。希望して、試験に受かった場合。この場合の入学試験は、魔力の測定、それから、魔導士として必要な知識を身に付ける為の講義についてくる頭があるかを測定する基礎学力検定。そして、もう一つの入学パターンはスカウトされた場合である。
 入学してからは、潤沢な資金をもって用意された施設を用いて、行動に耐えうる体力作り、魔導に耐えうる精神力作りが効率的になされ、魔導士としての資質を磨く。

 今、カーエスに案内されてリク達が立っている『戦闘訓練場』もそうした施設の一つで、筋力や魔導制御力を高める為の様々な機材がある基礎訓練室があったり、実戦を想定した戦闘訓練のできる闘技場などが用意されていたりした。
 基礎訓練場は完璧な空調設備をもって、身体への負担が少ないようにやや暖かめの気温に保たれ、闘技場は室内でありながら、床の代わりに土の地面が広がっている。カーエスの話によると、設定次第でこの闘技場はどんな環境にでも変化させることができるのだという。

 彼らが闘技場にやってきた時は、何組かの師弟がそこで戦闘訓練を行っていた。
 カーエス達がやってきたのを見て、三組とも訓練を中断し、カーエスに用件を聞く。カーエスは親しそうにその教師や生徒に挨拶をすると、苦笑しながら頼んだ。

「いや、わがままですんませんけど、ちょっとここ使わしてくれませんか?」
「我々が退かなければ駄目なのか、カーエス? 向こうの方は空いてるぞ」と、闘技場の一角を指差して言った。
「いやいや、ちょっと本気でやり合うつもりなんで、闘技場内に人がおると危険なんですわ」

 カーエスのその言葉に、教師達は顔を見合わせた。
 そしてお互いに頷きあうと、生徒と一緒に闘技場の外に出た。

「これでいいか?」
「へえ、すんません」と、恐縮して頭を下げるカーエスに、教師の一人が微笑みかけて言った。

「いや、ファトルエルに出場したカーエス=ルジュリスの、滅多と見られない本気だ。代わりにと言っちゃ何だが、我々も見物して勉強させてもらうとしよう」
「ハハハ、そんな価値あるかどうか分かりませんけどね。ともかく、感謝します」と、カーエスはもう一度頭を下げ、闘技場の中に入ってジェシカを手招きした。
 ジェシカは頷くとカーエスの後について行く。



 そして、二人は広い闘技場の真ん中に、三メートル離れて向かい合った。
 二人の真ん中にリクとコーダがやってきて、交互に見回しながら注意する。

「じゃ、これからカーエスとジェシカには決闘をやってもらうが、これはあくまで仲間内の喧嘩の延長だ。相手を殺してしまう、もしくは障害が残るような怪我を負わせるなんて事のないようにしてくれ。それ以外は何でもアリ。それでいいな?」
「それでええよ」
「了解しました」

 二人が頷くのを確認すると、リクは片手に一つの小さなボールを具現化させた。

「このボールが地面を跳ねるのが合図だ」

 そう言って、リクはそのボールを真上に放り投げ、コーダと共に闘技場の外に小走りで出て行く。
 二人は、リクの手から離れたボールを目で追いながら、腰を落として身構えた。

 そして、ついにボールが地面につく。
 同時に、呪文を唱える声が広い闘技場に響き、戦闘が始まった。

「《電光石火》によりて我は瞬く早さを得ん!」
「防ぐな、返せ《弾きの壁》!」

 《電光石火》で光に近い早さを得て、ジェシカの姿が消えると同時に、カーエスも呪文を唱え、物理攻撃を弾き返す障壁を自分の周囲に張る。自分に向かって突っ込んできたジェシカを弾き返そうという魂胆である。
 しかし、ジェシカの《電光石火》はカーエスとの間合いを縮める為に唱えたものではなかった。次の瞬間、彼女が現れたのは何とカーエスの後ろである。

 何も、ジェシカはカーエスの死角に入って姿をくらませようと思っていたわけではない。ただ単に、背後からの攻撃が一番反応しにくいと判断したからだ。
 案の定、カーエスは瞬時に背後にいる自分の気配を察知したものの、今から自分が行おうとしている攻撃への防御に入る様子がない。

 構えられたジェシカの槍に魔力が込められ、槍が光を発し始めた。その槍を思いきりカーエスに向かって突き出した。
「“流星突”っ!」
 突き出した槍がのびるように、魔力の光線がカーエスに向かって伸びて行く。

 自分の顔面に向かって伸びてくる光線に向かって、カーエスはそれを受け止めるように手を差し出した。そしてやや緊張した面持ちで呪文を詠唱する。

「我が前に立ち塞がりし《増幅する魔鏡》は、受けた光を倍に増して反射する!」

 すると、カーエスの手の平に、明るく輝く障壁が現れたかと思うと、そこに突っ込んできたジェシカの光線を受け止め、それを跳ね返した。
 しかも、跳ね返った光線はジェシカが放った時とより太さが二倍になっている。
 この《増幅する魔鏡》は、魔法攻撃を跳ね返す障壁で、追加効果として、跳ね返した時にその魔法の威力を倍増する効果がある。一見、攻守の両立した素晴らしく便利な魔法に見えるが、とにかく難易度の高い魔法だ。
 普通、カーエスの若さでまともに扱えるようになる魔法ではないはずだ。

 そうして倍に増幅され、元の術者の元へ弾き返された光線だったが、その光線の向かう先にはもうジェシカはいなかった。
 そのことに気付いたカーエスは、不意に危機感を憶え、その場から飛び退いた。

 その次の瞬間、
「“昇星突”っ!」と、今までカーエスが立っていた地面の下からジェシカが飛び出してきた。おそらく跳ね返された瞬間、《地潜り》を使って地中に逃れていたのだろう。そこでカーエスの真下に移動したのだ。
 その点を中心に、衝撃波が派手に土や石を飛ばし、ついでに咄嗟によけたカーエスも尻餅をつかされるが、彼はその口元に笑みを浮かべた。

「燃え立ち上がれ、《火柱》っ!」

 “昇星突”で、空中にいるジェシカの真下に赤い円が描かれる。
 《火柱》はこの円内にあるものを燃やすという攻撃魔法であるが、簡単にできる割に威力が高い。しかし、呪文を唱えきってから実際に魔法が発動するタイミングに大きなズレがある為、非常に避けやすい。
 しかし、今現在、ジェシカは空中にいる為に避けるという行動自体が出来ない。カーエスはその隙を見逃さなかった。

「《耐火》よ、我に火をも恐れ得ぬ肉体を!」

 《火柱》発動の直前、ジェシカが唱えた。それとほぼ同時に彼女のからだが《火柱》の激しく燃え盛る炎に包み込まれる。
 だが、ジェシカは皆が注視するまま、無傷でその炎の中から歩み出てきた。



「……初っ端からエラい攻防スね」
「ああ、あいつら楽しそうだなぁ」

 リクとコーダは、おそらく模範試合等の観覧をする為に闘技場の外に設けられている客席に座り、完全に観客気分でその闘いを見つめている。
 さっきの三組の師弟もカーエス達の攻防に、感嘆の吐息をついていた。

「今んところ、ジェシカさんがやや押してやスね」
「でも、カーエスの方が弱いわけじゃない。闘いの相性があまり良くないんだ。普通の魔導士の攻撃なら、相手の攻撃を読んで、それに対応する防御魔法を唱えればそれで済む。でも、魔導騎士の攻撃は比較的分かりやすい代わりに防ぎにくい。
 しかもジェシカの場合は分かりにくいところを、更にフェイント等を織り交ぜて攻撃してくる。あんなことされたら俺だってたまんねーよ」



 一連の攻撃の後、再び向かい合ったカーエスとジェシカだったが、始めと違い、先に動いたのはカーエスだ。
 地面に手を当てて、唱える。

「大地よ、我が魔力に育まれよ! 若草よ、萌えよ! 花よ、咲き乱れよ! 樹木よ、繁れ! 高く広く伸び広がりて、あの空を覆い隠せ! そしてここに生まれよ、多くの命をその手に抱く《恵みの森林》!」

 すると、カーエスを中心に、何本もの木や草が生え、あっという間に小さな森林が完成してしまった。



「いい手だな」

 《恵みの森林》が出現するのをみて、リクは一言、そう呟いた。
 コーダがリクを振り返って訪ねる。

「え? でもジェシカさんを直接攻撃する魔法じゃないでしょう? フェイント目的でも、防御魔法でもなさそうだし……、まあ、死角がたくさんできると言えば、効果的かもしれやせんけど……」

 コーダの言葉に、リクは首を横に振って答えた。

「違う。確かに死角がたくさんできることはできるけど、あの魔法の使い道は別にある」
「使い道……スか?」
「そう。カーエスの闘い方はかなり合理的で、その場にある地形、つまり要素を利用して闘う。例えば、森があれば木属性、地面があれば土属性の攻撃を行うわけだ。そうすると、『その場にない要素を作る』って作業が必要ない分、素早く魔導を行うことができるわけだ。
 ところが、さっきまであの場所に合った要素は土しかなかった。あれじゃ、空気があれば使える熱気や冷気、電気を使った攻撃以外は土属性の攻撃くらいしか素早くできる魔法がない。だからああやって森を作って、闘技場にある要素を増やしたんだ」

 そしてリクは、闘技場の方に目を戻した。

「ここから面白くなるぞ」



(少し攻めにくくなったな……)と、目の前に広がる森林を前に、ジェシカは心の中で呟いた。

 攻めにくくなったとは言っても、ジェシカの位置からはしっかりカーエスの姿は見えるし、木々の間隔は十分に広いので、カーエスの元に行くまでに邪魔されることはないだろう。
 ただし、森林に攻め入った場合、どんな魔法が自分を襲うか分からない。森林になっている小部屋一つ分の領域の主は間違いなくカーエスなのだ。

「けえへんのならこっちから行くでっ! 地走れ、《絡み上げる根》! 樹木を支える強さで我が敵捕らえんがために!」

 カーエスが、そう呪文を詠唱し、地面に手をやる。
 外見上は何もおこらなかったが、ジェシカの表情は厳しくなり、意を決したようにカーエスの方に向かって走り込む。
 すると、さっきまでジェシカが立っていたところから太い根が突然地面を突き破って現れた。もしあの場に留まっていたら、あの根に捕らえられていたに違いない。

 ジェシカは森林の手前で立ち止まると、槍を構えた。槍に魔力の光が宿りはじめる。

「“流星突”っ!」

 そう叫んでカーエスに向かって槍を突き出すと、槍から光線が真直ぐカーエスの元に伸びていく。それに対し、カーエスは先程と同じく、光線を跳ね返そうと光線に向かって手を伸ばし、《増幅する魔鏡》を唱えた。

「我が前に立ち塞がりし《増幅する魔鏡》は、受けた光を倍に増して反射する!」

 その魔法が発動し、カーエスの手の平には魔法攻撃を跳ね返す強力な障壁が生まれたが、光線はそこには来なかった。
 突然“流星突”の光線が曲がり、下向きにコースを変えてカーエスの足元に突き刺さったのだ。そしてその威力で、カーエスの足元の地面が爆発した。
 相当量の土がカーエスの前に舞い上がり、その視界を奪う。

「うっ………!」
「馬鹿め、何度も同じ手口で攻めるものか! 猛者たる条件は《強力》、魔力よ、理力の源となりて我を猛者と成せ!」

 筋力を増幅する《強力》を唱え、まだカーエスに向かって突進を開始した。
 そして更に唱える。

「《電光石火》によりて我は瞬く早さを得ん!」

 《電光石火》は光のような早さで動けるようになるのだが、如何せんそれによる攻撃は威力に欠ける。それでも十分相手の体勢を崩すのに重宝する魔法であるが、今回は《強力》を使い、足りない攻撃力をも補っている。
 しかもカーエスは今、先の“流星突”に舞い上げられた土に襲われ、大きな隙ができている。この状態で、この攻撃に対する防御行動をとる事は難しいだろう。
 そんな確信を持って、猛然とカーエスに襲い掛かったジェシカだったが、後少しで槍がカーエスを捕らえようとする直前に槍が止まった。

「防ぐな、返せ《弾きの壁》」

 カーエスによって張られた、物理攻撃を尽く弾き返す障壁によってジェシカが後ろに吹き飛ばされた。

「なっ……!?」

 一瞬前まですぐ近くまで迫っていたカーエスの顔が急速に遠ざかって行く。その表情は不敵な笑みに染まっていた。
 ジェシカの心の内は疑問に満ちていた。今カーエスは視界を閉ざされていたはずである。なぜ、それなのに《電光石火》に対する防御行動がとれたのだろうか。
 そんなジェシカの疑問をよそに、カーエスは弾かれて飛んで行くジェシカに対し、更に続けて唱えた。

「棘持ちし蔦は伸びて絡みて《茨の網》に!」

 ジェシカの後方にあった二本の木から、それぞれ棘がついた蔦が伸び、それが絡まりあって網となる。そしてそこにジェシカが背中から突っ込んだ。いつも彼女が着込んでいる軽甲冑のお陰で棘によるダメージはないが、それでも衝撃は相当なものがあった。
 カーエスはこの機を逃すまいと、《茨の網》に捕まったジェシカに駆け寄っている。

「我が魔力よ集まれ、敵を見据えよ、そして喰らわせろ……」

 その呪文を耳にしたジェシカは戦慄した。
 《ぶちかまし》だ。属性や特性がない、純粋に衝撃のみ与える魔法。以前、ファトルエルでこの魔法を目にした事があるが、最高レベルに恥じないその威力は目を見張るものがあった。
 まともに喰らえばタダではすまない。

「我が前に築かれよ、《石塁》! その強固さもて、我が敵の阻みとなれ!」
「……瞬く力を敵にぶつける《ぶちかまし》っ!」

 彼女の眼前に石でできた壁が現れるのとほぼ同時に、カーエスの《ぶちかまし》が炸裂し、築かれたばかりの《石塁》に大きくヒビが入った。
 その間に何とか《茨の網》から逃れて動けるようになったジェシカは槍を構え、目の前の《石塁》を見据え、槍を構えた

「我得るは《一時の怪力》!」

 一時的に筋力が大幅にアップする魔法を唱え、構えた槍を石の壁にむかって思いきり、突いた。

「“群星突”っ!」

 ジェシカの槍はヒビの入った《石塁》を砕き、その大きな石片が、散弾のように勢い良く散らばり、その向こうにいるカーエスに襲い掛かった。

「くうっ……!」

 カーエスは咄嗟に回避行動を試みるも、石片の数が多い為、到底避けきれるものではなかった。
 ジェシカは、自分が放った攻撃が確実に相手にダメージを与えているのを確認した。
 が、次の瞬間、彼女自身も下から何かに突き上げられ、宙を舞った。

「かっ……は……!?」

 見ると、さっきまで彼女が立っていた場所が極端に隆起している。
 これは《大地の拳》といい、相手の足元の地面を極端に勢い良く隆起させる事で、アッパーカットのように相手を下から突き上げる魔法なのである。おそらく、《ぶちかまし》で失敗した直後に呪文を詠唱したのだろう。
 結果的に、“群星突”と同じタイミングで発動し、相打ちとなったわけだ。

 二人は申し合わせたようなタイミングでゆっくりと起き上がると、互いの傷を確認した。
 カーエスは、身体の各所に軽い打撲をおっており、露出している部分には痣も見て取れる。ジェシカは、顎に擦り傷があり、《大地の拳》に殴られた時に口の中を切ったらしく、口の端から血が流れていた。

「なかなかやるな、カーエス=ルジュリス。リク様は相手を殺したり、相手に後遺症を残したりしないように言っておられたが、ここからはお互い遠慮なしで闘わないか?」

 ジェシカは静かにそう言って、今まで丸い柄の方をカーエスに向けていたスピアをひっくり返し、改めて鋭く尖った槍穂をカーエスに向けて構えた。
 カーエスもニヤリと笑うと、眼鏡を外し、観客席にいるリクの方に放り投げた。その眼鏡の下から現れたのは、何もかもを見つかすような澄んだ碧眼である。

「その話、乗らしてもらうで、ジェシカ=ランスリア」

Copyright 2003 想 詩拓 all rights reserved.